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私が数珠の持ち方で恥をかいた日
それは、私がまだ社会人になりたての頃、初めて一人で上司のご家族の葬儀に参列した時のことでした。母から「社会人なら、自分の数珠を一本持っておきなさい」と言われ、慌てて近所の仏具店で購入した、紫色の房がついた略式の数珠。それを握りしめ、私は緊張しながら斎場の椅子に座っていました。読経が始まり、周りの参列者たちが、すっと数珠を手にかけ、静かに合掌を始めました。私も見様見真似で、数珠を両手にかけて手を合わせようとしました。しかし、焦っていた私は、数珠をどのように持つのが正しいのか、全く分からなくなってしまったのです。右手だっけ? 左手だっけ? 房は上? 下? 頭が真っ白になり、私は数珠をまるで毛糸玉のように両手で握りしめ、ぎこちなく頭を下げることしかできませんでした。お焼香の順番が回ってきても、その混乱は続きました。焼香台の前で、数珠をどう扱えば良いのか分からず、片手に握ったまま、もう片方の手でお香をつまむという、今思えば非常に不格好な作法をしてしまいました。その間、隣に立っていた年配の男性が、私の手元をじっと見て、小さくため息をついたのを、私は見逃しませんでした。その瞬間、私の顔はカッと熱くなり、恥ずかしさでその場から消えてしまいたいと心から思いました。故人を悼むべき厳粛な場で、私は自分の無作法さばかりを気にしてしまい、全くお悔やみの気持ちに集中することができなかったのです。この苦い経験は、私にとって大きな教訓となりました。マナーとは、単に形を覚えることではない。それは、事前に準備し、練習しておくことで、当日は作法のことで頭を悩ませることなく、純粋に故人を偲ぶことに心を集中させるための「準備」なのだと。あの日以来、私は葬儀に参列する前夜、必ず数珠を手に取り、静かに持ち方を確認する習慣ができました。あの日の恥ずかしさが、私を少しだけ、大人にしてくれたのです。
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お焼香の際の数珠の正しい扱い方
葬儀の中で、参列者が故人と直接向き合う、最も重要な儀式が「お焼香」です。この一連の作法の中で、数珠をどのように扱えば良いのか、その正しい手順を理解しておくことは、落ち着いて故人を偲ぶために非常に重要です。まず、自分の順番が近づいてきたら、席で数珠を左手にかけ、静かに立ち上がります。そして、祭壇の手前まで進み、まずご遺族に一礼し、次に祭壇の遺影に向かって深く一礼します。ここからが焼香台での作法です。焼香台の一歩手前で、数珠を左手にかけたまま、右手でお香(抹香)を少量、親指、人差し指、中指の三本でつまみます。そして、つまんだお香を、目の高さまで静かに掲げます(これを「おしいただく」と言います)。その後、香炉の炭火の上に、そっとお香をくべます。この一連の動作を、宗派によって一回から三回繰り返します。浄土真宗では、おしいただかずに、そのまま一回だけお香をくべます。どの宗派か分からない場合は、前に焼香する人の作法を参考にするか、心を込めて一回だけ行えば、失礼にはあたりません。お香をくべ終えたら、再び数珠をかけた左手に右手を添えるようにして、祭壇に向かって深く合掌し、故人の冥福を祈ります。そして、最後に祭壇から一歩下がり、改めて遺影に一礼。向き直って、ご遺族にもう一度一礼してから、静かに自席へと戻ります。お焼香の最中、数珠は常に左手に持ったまま、一連の動作を行うのが基本です。この時、数珠の房が下になるように持つのが美しい所作とされています。複雑に感じるかもしれませんが、一連の流れを頭に入れておくだけで、当日は驚くほど落ち着いて、心を込めてお焼香に臨むことができるはずです。
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知っておきたい数珠の正しい持ち方
葬儀の場でいざ数珠を持とうとした時、「どのように持つのが正しいのだろうか」と、ふと不安になった経験はありませんか。数珠の持ち方には、基本的なマナーが存在します。その持ち方を心得ておくことは、落ち着いた振る舞いと、敬虔な気持ちの表れとなります。まず、葬儀会場への移動中や、式が始まる前に着席している時の持ち方です。この時、数珠は必ず「左手」に持ちます。房(ふさ)が下になるようにして、親指と人差し指の間にかけ、そのまま手を合わせるように持つのが一般的です。あるいは、左手首にかけたり、左手の指で軽く握るようにして持っても構いません。なぜ左手なのかというと、仏教の世界では、左手は「清浄な手」、仏様の世界を表すとされているからです。数珠を右手で持つことは、一般的には行いません。バッグの中に無造作に入れたり、ポケットにしまったり、あるいは椅子の上に置いたりするのも、大切な仏具に対して失礼にあたるため避けましょう。次に、最も重要な「合掌する時」の持ち方です。これは、信仰する宗派によって正式な作法が異なりますが、どの宗派にも共通で使える、最も一般的な持ち方があります。それは、数珠を両手の親指と人差し指の間にかけ、そのまま手を合わせるという方法です。この時、房は手の甲側、指先から下へ垂れるようにします。また、両手の親指だけにかけて、他の四本の指で珠を包み込むようにして手を合わせる持ち方もあります。宗派ごとの正式な持ち方を知っているのが理想ですが、もし自分の宗派が分からない、あるいは他宗派の葬儀に参列するという場合には、この基本的な持ち方を覚えておけば、失礼にあたることはありません。大切なのは、形を完璧にすることよりも、数珠を丁寧に扱い、故人を敬う気持ちを込めて手を合わせることです。
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弔事の落雁選びで知っておくべきこと
葬儀のお供え物として落雁を選ぶ際、どのような点に注意すればよいのでしょうか。スーパーマーケットや仏具店、和菓子店など、様々な場所で落雁は販売されていますが、弔事にふさわしいものを選ぶにはいくつかのポイントがあります。まず最も大切なのは、その形状です。葬儀や法事で一般的に用いられるのは、蓮の花をかたどったものです。これは前述の通り、仏教における極楽浄土の象徴であり、故人の成仏を願う気持ちを表すのに最も適した形とされています。蓮の他にも、菊の花や果物の盛り合わせを模した落雁も弔事用として広く使われます。一方で、鶴や亀、松竹梅といったおめでたいとされる縁起物をかたどった落雁は、慶事用ですので絶対に選んではいけません。次に色合いですが、弔事用の落雁は白を基調とし、緑やピンク、黄色といった淡い色が使われているのが特徴です。原色に近い派手な色合いのものは避け、あくまでも故人を偲ぶ場にふさわしい、控えめで落ち着いた色調のものを選びましょう。落雁は大小様々な大きさのものがあり、祭壇の規模やご自身の予算に合わせて選ぶことができます。一対で飾れるようにセットになっているものや、籠に盛られた豪華なものまで多岐にわたります。もし遺族の立場であれば、祭壇全体のバランスを考えて大きさを決めると良いでしょう。参列者として持参する場合は、あまり大きすぎるとかえってご遺族の負担になる可能性もあるため、常識的な範囲の大きさのものを選ぶのが賢明です。購入する際には、のしの表書きにも注意が必要です。四十九日より前であれば「御霊前」、四十九日を過ぎていれば「御仏前」とするのが一般的です。お店の方に葬儀用であることを伝えれば、適切なものを用意してくれます。心を込めて選んだ落雁は、故人とご遺族への何よりの弔意の表現となるはずです。
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葬儀後の落雁は食べても良いものか
葬儀や法要が終わり、祭壇からお供え物を下げる際、多くの人が疑問に思うのが「この落雁は、どうすればいいのだろう」ということではないでしょうか。特に、故人のために供えられたものを口にして良いのか、罰当たりにならないかと心配する声も聞かれます。結論から言うと、お供えした後の落雁は食べても全く問題ありません。むしろ、いただくことが供養になると考えられています。仏教では、お供え物には仏様の力が宿るとされ、それをいただくことで「お下がり」として仏様のご加護を受け、故人との繋がりを感じることができるとされています。これは「お下がりを頂戴する」という考え方で、故人を偲び、命の尊さを改めて心に刻むための大切な行いなのです。葬儀後、遺族は供えられた落雁を親族や参列者、手伝ってくれた方々へ「お裾分け」として配ることが多くあります。これは、故人の供養に協力してくれたことへの感謝の気持ちを表すとともに、故人の徳を皆で分かち合うという意味合いを持っています。もし落雁をいただいた場合は、感謝して持ち帰り、ご家庭でいただくのが良いでしょう。ただ、落雁は砂糖が主原料であるため、そのまま食べるのは甘すぎると感じる方もいるかもしれません。その場合は、少し工夫をしてみるのがおすすめです。細かく砕いて、コーヒーや紅茶に入れる砂糖の代わりに使ったり、ヨーグルトに混ぜ込んだりするのも良いでしょう。また、砕いた落雁を衣にして油で揚げると、外はカリッと、中はしっとりとした独特の食感のお菓子になります。熱いお茶と一緒に、故人の思い出を語らいながらいただく時間は、きっと心温まるひとときとなるはずです。食べきれないほど大量にある場合は、無理に消費する必要はありませんが、感謝の気持ちを込めて扱い、決して粗末にしないことが大切です。