霊安室で働く人が語る最後の別れの舞台裏
病院の喧騒から隔絶されたように、地下の廊下の突き当りにその部屋はある。霊安室。ここは、生と死が静かに交差する場所だ。長年、この場所でご遺体とご遺族に寄り添ってきたベテラン職員の鈴木さん(仮名)は、自分の仕事を「最後のバトンタッチをお手伝いする役目」だと語る。彼の仕事は、病棟の看護師からご遺体を引き継ぐことから始まる。ストレッチャーに乗せられた故人を前に、鈴木さんは必ず深く一礼し、「お預かりいたします」と心の中で呟く。これは、故人への敬意と、この仕事に対する彼の覚悟の表れだ。霊安室にご遺体を安置すると、彼はご家族が対面に来られる準備を整える。部屋の温度を調整し、清潔なシーツを整え、故人のお顔が安らかに見えるよう、そっと表情を整える。ご家族が到着すると、彼は決してでしゃばらず、しかし必要な時にはそっと手を差し伸べる。悲しみのあまり言葉を失う家族、嗚咽する家族、あるいは呆然と立ち尽くす家族。その全ての感情を受け止め、静かに寄り添う。彼が最も心を砕くのは、ご遺族が故人と過ごす「時間と空間」を最大限に尊重することだ。「ここでは、時間がゆっくり流れるんです。ご家族が心の準備をし、故人様としっかりお別れをするための時間。私たちはそのための舞台を整える黒子に過ぎません」と鈴木さんは言う。葬儀社が迎えに来て、ご遺体を引き渡す時、彼は再び深く一礼する。それは、医療の現場から、葬送の儀式へと、故人の尊厳というバトンを確かに渡したという証だ。霊安室という静寂の空間は、鈴木さんのようなプロフェッショナルな人々の、静かで深い仕事によって支えられている、最後の尊厳の場所なのである。